赴くまま通信簿

大切に残しておきたいものを記録します。

仕事とは変化を与えること

仕事は人生そのものだと思っている。

私は生まれてから与えられた使命のようなものだと感じる。

 

なので、お金を稼ぐために会社に勤めたりすることだけを仕事とは思わない。

きっと、仕事の中にある一部の意味でしかない。

 

どんなに少人数でも、社会に属する以上私にはその社会で与えられている、私がやらなければならない仕事があると思っている。

 

そして、大概それは私にとって勤勉であることであったり、組織を導くリーダーシップだったりする。

 

私の仕事の概念とは、社会という集団の中でひとつ、または複数の、ある一定に存在する分野を伸縮させ、変化を与えることだ。

 

それは協調性であったり、効率性であったり、私が影響を与える可能性がある分野を、私が所属する前と後で何かしらの変化を起こさせるだろう。

 

例えば、団結力が総合10の組織があったとして、もし私が個人プレイの過ぎる団結力-2を保持していたとしたら、私が所属することによって団結力は8になるかもしれない。

 

そこに善悪の概念はない。

あるとすれば、団結力ではなく個人プレイを良しとする競争力を必要とする組織からしてみれば、団結力のない私は歓迎すべき人材かもしれない。

 

もしかすると、私がいることで私の所属する社会の人々が占いに関心を持つようになるかもしれない。

私は占いが好きで、必ず身近な人には星座を尋ねるからだ。

 

もしかすると、私がいることで私の所属する社会の人々が革命思想を燻らせるかもしれない。

私は下克上等で、肩書きがなんであろうと人々の立場に立って間違っていると感じるものには容赦しないからだ。

 

私は、生きている上で多くの人から影響を受けているだろう。

当たり前だと思っていることが別の社会では当たり前ではないだろう。

 

私という人間は、社会があるから象られる。

そして仕事というのは、社会に変化を与えることだ。

 

人々が影響を与え合って、変化を受け入れ、関心を持ち、自分のものにして、そして次の誰かに影響を与える。

 

変化ではなく、不変となる概念が確立した時、それが常識となり、組織性となるのではないだろうか。

変化の始まりは些細な出来事だったとしてもだ。

 

私の仕事の行き着く先は、意識化に有ろうと無かろうと、影響と変化という形で、社会に反映されるだろう。