赴くまま通信簿

大切に残しておきたいものを記録します。

私の大好きな職場の話 〜きっかけの話〜

私は社会人一年目の新卒だ。

もうすぐで入社してから一年が経とうとしている。

 

私はビジネスホテルのフロントを営んでいる。

主な仕事はデスクワークと接客が中心だ。

 

接客はアルバイトの時から飲食店で経験したことがあったが、志望理由はぶっちゃけ「2020年のオリンピックに日本人として貢献したい」だとか意識が高いにも程があることをほざいていた。

 

当時の支配人、私が尊敬しているT氏。

彼は面接でそんな発言をした私に対して、「志望動機を英語で聞かせて欲しい」と言ってきた。

 

当時、私はめちゃくちゃ焦った。

 

私は学生時代海外に在住していた経験がある。英語圏には3年間住んでいた。

お恥ずかしながら、バイリンガルには遠く及ばなかった。

 

しかし、履歴書の略歴には当然日本の学校ではない名前が並ぶ。

おまけにT氏は私の在住経験のあるタイとシンガポール、二ヶ国とも在住経験があるという。

 

面接でつっこまれないわけがない。

 

現実は非情で、面接一回で採用してもらえるところにつけ込み楽しようとしたことでバチが当たったのだと思った。

冷静に考えれば中学英語でも伝えられたのだろうが、脳内は真っ白でまともに言葉も出なかった。

 

私がやっと口に出したのは謝罪の言葉だった。

 

「すみません、英語では伝えられません。」

 

気分は最悪だ。

海外に5年間もいて英語もろくに、話せないのか。

まだそのような罵倒なら受け入れられただろうが、私は私自身のプライドが許さなかった。

 

駆け巡る、学生時代の劣等感の歴史。

 

テストもろくに良い点数が取れない。

大学の志望校推薦で英語の成績で第一志望に落ちる。

修学旅行で、英語に自信がなかったばかりにクラスメイトと班わけで大揉めした。学年中を巻き込んだ。

創作小説の作成や動画サイトにだけ時間を費やして、おそらく貴重な体験を有効活用しなかった。

 

すべて自分の責任だ。自分で選んだ。

 

だけど、自分がその過去を無かった事にしては、自分の選択に後悔することになる。

 

私は、自分のしたことに後悔したくはなかった。

無意味だったなんて思いたくはなかった。

 

自分の中で正当化出来ていれば良かった。

 

実際、大学時代は帰国子女というレッテルを隠して生きてきた。

他者に触れられたくはなかった。家族でさえも。

 

しかし、ようやくそこにスポットライトを当てられた。

 

光を当ててきた人物が私に告げた言葉は、感謝だった。

 

T氏は、私が正直に伝えたことに対して感謝を述べたのだ。

これまで採用してきた人の中で、英語を話せると聞いていたのに話せない人が多くいたのだそうだ。

 

だからこそ、正直に言ってくれてよかった、と。

 

私は、チャンスだと思った。

 

蓋をし続けてきた海外生活時代に、再び光を当てるときがきたのだと。

 

この人のために、一生懸命働いて、拙い英語だって少しずつ上達させていけば、いつか辛い過去も笑い飛ばせるだろうと。

 

そんな未来がよぎった。

 

 

 

 

そして、私は採用通知を受け、受諾した。

 

長く、辛く、だけど大好きで、私の誇りである、ホテル勤め生活の幕が開けようとしていた。